ブログの随所に書いていますが、こみるは「子が100人いたら100通りの中学受験のやり方があるはず」と思っています。
子の性格やポテンシャル、親が子にかけられる時間や金銭、そもそもの親子の関係値、家庭環境など、どれをとっても頭のてっぺんから爪先までピッタシカンカンおんなじね!…なんていう家は無いですからね。似たところが1つや2つあるかもしれませんが、他の変数が違えば結果も違います。そういう意味で三菜の事例など、単なる一事例。
そして、自身が身をもって体験できていない世界について語る話は「単なる妄想」です。だってワタシ、専門家じゃないですから。この世に数多く生息しているフツーなマザーの一人にすぎません。
ということで、そんな何万分の一のマザーが書いた本ブログの一事例・一意見などというものは単なる「軽い読み物」。晩酌でもしながら「あ、その考えイイね」「はぁ、そういう考えもあるのね」「気の毒にね」「バッカじゃないの?」…などと各自おもいおもいの感想をいだきながら読んでくださいませ。
本日は「志望校はどうやって選んだ?」と題しまして、志望校選びでこみる家がやったこと、考えたことを一挙公開。それでは、まいりますよー。
志望校に受からなかったとき「公立中」を選択肢にいれるかどうか
まずは夫婦の意識合わせ
志望校の選び方云々の前に、まずは公立中を選択肢に入れるかどうかはこみる家にとって重要でした。
冒頭から「受からなかったとき」だなんて不謹慎な響きですが、不謹慎だからと言ってオブラートにくるんではいけません。危機管理は大事なことです。備えもなく「頑張れ!強い意志を持った君なら必ずできる!」…と声援を送るだけなんて、心配性のこみるには無理、無理、無理!!!心配し過ぎで夜も眠れなくなってしまいます。
緊急事態が起きた際に三菜の父と母こみるが慌てふためき二人とも違うことを口走ってはいけないので、こみる家ではまず三菜・父との意識合わせをしました。ウッカリ発言をしないための意識合わせも目的でしたが、志望校がダメだった時に「地元公立中を選択肢に入れるか・入れないか」がブレますと、後のこみるの情報収集の動きや子のマインド醸成の仕方も変わってきますので、ここはしっかりと。
異論・反論・オブジェクション!
意識合わせでは三菜がやりたいと思っていることや、性格なども色々話しました。
三菜は中学に行ってからも小学校で続けていた部活を続けたいと思っていました。中学生になれば今より格段にダイナミックでより難しいことにチャレンジできるようになります。ところが公立に行ってはすぐに塾通いが始まり部活は2年チョイで引退です。三菜が現時点の「好きなこと」を続けるためには5年間たっぷり取り組める中高一貫のほうがよさそうです。
一方でこの三菜の「好きなこと」は現時点だけのピンポイントのものかもしれません。一過性の「好きなこと」であれば何も5年間である必要はなく、地元公立中に行って2年頑張れば十分かも。ただ、現時点の「好きなこと」に関する情熱が消えたとしても、高校受験がなければ「他の好き」を模索する時間は多く取れそうです。多感な時期に時間をかけて「好きなこと」を追求しやすいのは中高一貫のほうに軍配があがるような気もします。
三菜はどちらかといえばあまりくよくよしない性格ですが、一度ダメだモードに入ると「なにくそ」と奮起するのではなく、メソメソメソメソメソメソと再起動に恐ろしいほど時間がかかります。これは割と小さい頃からそうでした。ガラスに包まれたお豆腐のようです。お豆腐を包んでいるガラスは強化ガラスではないので、ひとたび割れると鋭利な刃物のように割れて豆腐にグサグサと突き刺さる。受けた学校が不合格になって豆腐メンタルが地元公立中に行くことになった場合「私は頑張ったのに中学受験はひとつも合格しなかった。これだったら受験なんてしないで最初から公立中にいっとけばよかったじゃん」といつまでも落ち込み「なにくそ!次こそ頑張るぞ!!!」と奮起するどころではないのではと想像しました。
余談ですが、この「なにくそ精神」とやら。生まれ持ったものはあるにせよ、成長するにつれてある程度自分のココロや置かれている状況を客観的に見たりコントロールすることができるようになると、どんな子でも一定程度の「なにくそ精神」は芽生えるような気がしています。
こみるがそうでした。母に「こみるは小学生の頃、競争意識があったり、上手くいかなかった時になにくそと思っていたか」と尋ねたことがありましたが「引っ込み思案で競争意識なんてとてもとても。ボンヤリしてたので、将来どうなることか非常に心配したが、大人になるにつれてだんだんボンヤリしなくなり、いつの間にか変わっていた」と言われました。そういわれてみれば、自分自身の気持ちとして何かに負けたくないとか、失敗したらなにくそと奮起、といった言葉がピンとくるようになったのは高校生の中頃くらいだったような気も致します。田舎の子だったというのもありましょうが、目的をもってこうしたいなどとシャキシャキ思ったことは全く無く、とにかく何となく日々を過ごしていたようなボンヤリした小学生だったのです。ですが、こみるを含む多くの子が大学受験フェーズの16~18歳くらいになれば親の力を借りずに自走できるようになる。これは「ココロの成長」も一つの要因なのではと思います。
この話をしていた頃、三菜はまだ10歳とか11歳。三菜は周りと比べると殊に精神年齢が幼めでしたので、自分を客観的に見つめたり、他人と比べて自身の置かれている状況を把握してそれを改善しようと奮起する、といったことは当時はとてもできませんでした。最近少しずつできそうな気配が見え隠れしていますが、今でもまだまだ成長途上といったところです。こういうココロの成長具合も子によるのだろうと思います。
話がだいぶそれましたが、自分のことを客観的に見つめられるような精神年齢だったり、その他性格的なもので落ちても「なにくそ」と思いくよくよしないことが想定できれば地元公立中に行く選択肢は残っていただろうと思います。
ですが、三菜の場合それは想定できなかった。また、三菜の「好きなこと」を追求させてあげたいと思うと、途中で受験のために好きなことを中断する必要のない中高一貫の方が有利な気がしました。よって「志望校が合格しなかったので地元公立中に行きます」は三菜の選択肢から消えることになりました。
「「公立中」の選択肢はとらない」ことを三菜と意識合わせ
そしてこの話は、三菜とも意識合わせをしました。幼いかどうかの意識あわせではなく、落ちても地元公立中にはいかないよ、ということ。本人的にも「中学行って2年で部活引退なんてやだなー、5年ぶっ通しでやりたいな」の一択でしたので、ここの意識合わせはすんなりいきました。
あわせて、三菜家の受験スタンス ー勉強以外も捨てないよということー も事ある毎に触れて話をしました。三菜の家庭はこういう理由・こういう思いがあるからこういうやり方で受験勉強をやっている。だから塾に行かないのである。勉強時間が短いのだから集中してやらないといけないのだ、と。勉強が嫌になりすぎてヤダー!!!となったときは、いつもここに立ち戻って話をしていたように思います。
公立中の選択肢がない場合の布石を考えるー志望校(=受験校)はどうやって選んだか
こみる家流・志望校の選び方①:「親も子もここに行きたい!」…とアツく語れる学校を数多く探す
三菜は部活も旅行も家族の時間もなるべく捨てない受験をすることにしていたので、物理的な勉強時間は圧倒的に通塾生より減ります。学年が上がるにつれて成績が上がるどころか、ややもするとズルズルと下がる可能性も十分ありました。なのに、地元公立中の選択肢がない。つまり、何があっても必ずどこかに受かる必要があります。よって次なる こみるのミッションは「親も子も行きたい!」と思える学校を数多く探すことでした。
全ての志望校の選び方として第一希望以外「ここでいいや」じゃないのよ。
まずは親目線で数多く。
あらゆる偏差値帯の学校であることも探すポイントのひとつでありましたが、まずは親が「ここになら行かせたい!」と心から思える学校であることが重要なポイントでした。また、三菜の「好きなこと」のための時間を確保するには、距離やラッシュの度合いで無理なく通える学校である必要がありました。分厚い学校案内をべらべらめくって、乗り換え案内を調べまくり、10校ほどに絞りました。
これは三菜がまだ通塾していた4年の頃もやっていたのですが、この頃の親の学校に関する知識たるや今思えばお恥ずかしいレベルで「ご、ご、御三家ってどこのこと指すんでしたっけ?」とか「埼玉のエイトウ…?」などと言っているレベル。学校の名前と位置も「へー」みたいな感じでしたので何となくやってた感じです。なので本腰入れて10校ほどに絞る作業をしたのは、新5年カリキュラムが始まる丁度今頃だったと思います。
通える距離と時間についてはそれだけで1エントリーできそうなので、機会があればきちんと別記事にすることにしますが…とりあえず三菜が通い始めてから気づいたことなどをまとめた記事はこちら。
調べただけでは雰囲気が分かりませんので、まずは親だけで説明会にジャンジャン参加。当時はコロナではなかったので、実際に現地に赴くスタイルです。
現地で行われる説明会や見学のチャンスがあるのであれば必ず行くべきだと思いました。オンラインでもその学校の考え方が良くわかると思いますが、現地に行けば実際に先生や生徒たちが醸し出す「空気」を直に感じることができるのが大きい。物理的な狭さや広さ・明るさなども地図や学校案内の写真や図面上だけでなく、行ってみて肌で感じないとわからないことも多くありました。
あとは駅についてから学校までの道のり。三菜の場合、最終的な志望校選びに直接関係はしませんでしたが、行ってみて「ほうほう、炎天下を15分以上歩くことになるのか」とか、学校の周りの店や雰囲気も思ってたものと大分違ったり(土地勘がないだけという話もある)。
学校の教育方針、これステキすぎ!!ここ絶対行きたい!!…と惚れ込んで行った説明会も、実際の雰囲気や物理的な空間・生徒が醸し出す空気感・見に来ている保護者の雰囲気(※)が、想像とあまりにも「違う」と感じた学校は残念でも却下しました。今はコロナでなかなか難しいことも多い気がしますが、百聞は一見に如かずとはまさにこのこと、実際の雰囲気を感じられるチャンスがあるならば、親だけでも直接現地を見に行くべきです。
(※)見に来ている保護者がカッチリネイビーでオシャンティーに繕ってるタイプが大半の学校なのか。ラフ過ぎないが比較的カジュアルの人も多く、仕事帰りっぽい人も見に来る学校なのか。どちらが良いとか悪いとかではないし、それ以外のところに魅力を感じていれば気にするところでもないですが、「思い描いていたのと違う!」と入ってから思うのはチョビ辛いというもの。
学校祭などを覗くチャンスがあれば、PTAが出しているブースがあったりしますので、是非足を運んでみると良いでしょう。在校生の「親」やPTAの運営が一体どんな感じなのか、だいたいの雰囲気を推しはかることが出来ましょう。
メルカリで赤本(過去問)を入手、入試問題の傾向をみる
これは通塾している方や家庭教師を頼まれている方なら、お通いの塾の先生にお尋ねになれば済む話と思料しますが、こみる家は頼る先がありませんでしたので、メルカリで気になる学校の過去問をワシワシ入手しまくりました。三菜は部活などに時間がとられていてよそ様より明らかに勉強時間がありません。それなのにあまりにも傾向が異なる問題がでる学校同士を併願してしまうと、受かるための対策が出来なくなってしまうと思ったからです。
そうやって親だけがペラペラ見て実際は使わなかった赤本は多数ありましたが、合格後メルカリに出すとほぼ全て即売れでしたので、買って損は無いように感じました。
子供目線で5、6校ほどに絞る
5年の秋くらいには、三菜と共に学校祭や説明会などで直接学校に足を運び、6校ほどに絞りました。
ここで功を奏したのは、三菜の「興味の無いことは劇的に頭に入ってこない」という特技。例えば通塾してなくても5年も後半になると小学校で「〇ちゃんは偏差値〇〇の▽▽という学校を受けるらしい」的な話が子供たちの間でされるらしくチョイチョイ耳には入ってきてたようなのですが、三菜は「なんか〇ちゃんがナントカいう学校を受けるって言ってみんながスゲーっていってたけど、なんて学校って言ってたっけな?わすれちゃった~」くらいなノリでした。そのナントカという学校は後に判明し豊島岡であったのですが、つまり「偏差値で学校がマッピングされている表」に全く興味が無く、周りの皆が憧れる学校だからといって関心を示すこともなく、無頓着。良くも悪くも偏差値バイアスが全くなかったため、自分の見たものや感じたことに従って学校を絞ることができたのです。
親が惚れ込んだ学校でも「この学校、古臭いしトイレ汚い(←別に汚くない)から絶対ヤダ」「なんか先生の話し方がキライ」「狭すぎ」「制服かわいくない」などとバッサバッサダメ出し。三菜にとっての安全校と言われる学校(←この言い方好きではないですがわかりやすくするためにそう書きます)でも「先輩たちがみんな親切で良かった、楽しそう」「校舎が明るくて気持ちいい」「先生の話がいいなと思った」など好印象で志望校のひとつにしていた学校も。この特技のおかげで勉強は本当ーに大変でしたが、学校選びは大分楽に進んだと思います。
こみる家流・志望校の選び方②:「ここはダメだったときの学校だ」マインドは絶対に作らない!
地元公立中を選択肢に入れなかったことで、こみる家が最も気を付けたのはここでした。
どの学校に行っても、ブラボーだ!
仮に、
・親が「ここは万一の押さえ校ね」「お試しとしてやっとこうか」「前受けね」などと言っていた学校
・三菜も初見の学校
に突然行くことになったら、三菜はどう思うだろう?…と考えました。
家で話題に出してないばかりか「押さえ」「お試し」などと常日頃言ってたら、どう考えても「行こうと思ってた学校がダメだったから『仕方なく』予想しなかった学校に行く」と感じるだろう、と想像。
なので、こみる家では、どの学校にいっても、ブラボー!!楽しくすばらしい中学校生活が待っている!…のマインド醸成に心血を注ぎました。世の中的には「受験予定校」は必ずしも「志望校」ではないのだと思いますが、三菜の場合は受験予定校=全て志望校としたということです。
心血を注ぐ、というのはちと言い過ぎですが、どの学校についても、学校祭その他のイベントに通い、行きたい!素敵!マインドを高める。三菜なりに志望度の高低はある程度つきつつも、親が事ある毎に学校の情報を三菜に渡し、時にはパンフレットを二人で眺める。積極的に「ここも受かるといいね」「この学校は三菜にたくさん挨拶したり話しかけてくれたりしたね」「この学校はワイワイ明るくて先生と生徒が仲良かったね」「この学校の演奏、パワフルだったね」「司会の子が面白かったね」「この制服素敵だよね、色が好き」「学校が近いから好きなことに使う時間たくさんとれそうだね」「この先生の話、〇〇の話、面白かったね」「この学校に行ったらこんなイベントがあるね」「この学校に行くと(三菜がやってる部活以外にも)こんな部活やこんな活動があるんだね」などなどメリットを話す。
とにかくどの学校も受かったら明るく楽しい学校生活があるよマインドをひたすら醸成することは意識しました。
こみる家の場合はどこかに受かることがミッションですので、三菜の学力的に「受けたら受かるであろう学校を選ぶ」…言い方がほんと嫌いですが、いわゆる安全校とか押さえ校ということは危機管理として勿論意識しました。ですがそんなことは親だけが裏でサクッと戦略として意識しておればよいだけ。子に「どうしてもだめだったら」などと伝える必要性が全くありません。
そしてその学校も、親自身が学校を見て・聞いて・肌で感じて、子を預けてみたい・共感できると思った。よって「選んだところはどれも受かればブラボー」と思っていましたし、三菜に対しては安全校などという表現は使ったことはありません。「どの学校も受かったら行ってみたいね!三菜にピッタリなブラボーな学校」というスタンスは絶対に崩しませんでした。
「志望校はココ」と絞らないとモチベーションは保てないのか ※中堅校の中学受験
三菜は最終的に「合格したらブラボー!」な学校が幅広い偏差値で5校ありました。偏差値だけで選んでないのでアレですが、分かりやすくするために偏差値で書きますと首都圏模試の偏差値表で上と下で25くらいの幅広さ。その中でも本人的に優先度が高いところ3校を志望校としていましたが、最終的に「ここしかない」とあえて絞り切りませんでした。
「この学校にはどうしても受かりたい」という強い思いは嫌な勉強を頑張るモチベーションとして、とても大事だと思います。
ですが、豆腐メンタルの三菜的には「この学校に『だけ』どうしても受かりたい」という思いが強すぎると、受からなかった場合に偏差値バイアスがなくても「ワタシは受かりたかったここに受からないからダメだ」という反動が大きいはず、と思いました。リカバリが難しくなる可能性が高くなるため、諸刃の剣になりえます。余談ですが強いモチベーションとそれが叶わなかった時の反動による影響というのは、個人的には人生でも似たようなことが起こりえると思っています。
なお、うちの子がどうなの?…は当たり前ですが人それぞれ。先生のアドバイスを受けるもありだと思いますが、やはり最終的には生まれた時から子をみている親が、子をじっくり観察し、子と話し合い、掴んでいくしかないだろうと思います。
もう、これぞまさに、子による人による
三菜の場合、どうしても受かりたい学校を絞らなかったわけですが、親の「どれもいい!」という熱狂的なマインド醸成が功を奏したのか、自身が何も考えてなかったのかわかりませんが、目標が複数だからと言って受験自体のモチベーションがどんどん下がるようなことはなく、「あー、どれもこれも受かりたいな!迷っちゃう!」と言っていました(その日の気分の高低は勿論ありますよ)。…受験する前から受かった気でいる…なんとも幼いですね。でも別にいいのです。
そして難関校を目指すような場合は「この学校」と目標を決めざるを得ないでしょうから玉虫色のようなことも言っていられないでしょう。また、中堅校を目指していても、価値観や大事にすること・頑張り方などは、人それぞれ・家庭それぞれ考え方が違うと思いますのであくまでも「三菜にとっては」正しい選択だった、ということです。
学校の友達から悪魔の囁きがあることも…親のブレないスタンスは大切
6年にもなると子が学校で「おまえはどこを受けるのだ」としつこく聞かれることも何度かありました。そして三菜が「ココとココとココとココと…」と馬鹿正直に答えますと「ふーん、そんなとこ目指してるの」と意地悪なことを言う子も何人かいました。
また、受験が終わって学校に戻った後も「へえ。自分はそこ受かったけど、そんなところいかないよ」などという子もいました。
意地悪というよりは、偏差値だけで志望校や併願校を選んでいたり、その子の家で「ここは押さえ」「お試し」だなんだとその子の親や先生が言っていれば、子がそういう考えになってしまうのは仕方のないことのような気もしました。
流石の三菜もうっすら何かを感じていたとは思いますが、なんせ家では親のこみるが常に熱狂的に「この学校は三菜にとってすごくいい!最高!」…と言っているので、意地悪な子の怪しい囁きがあっても「ま、そんなもんかな」と三菜の中で一蹴されたのだろうと思います。その時の話は長くなりそうなので機会があれば別記事にすることにしたいと思いますが、偏差値だけで志望校を選ばない場合は、学校でそういう余計なことを囁く子も一人や二人出現することも想定し、親がスタンスを崩さず子のモチベーションを保ってやるのは大事な仕事なのかもしれないと思いました。
こみる家流・志望校の選び方:まとめ
地元公立中を選択肢に入れるかどうかはどの子にとっても大きな分岐点だろうと思います。
そして受ける可能性のある私立中について。
こみる家ほど「熱狂」「胸アツ」になる必要は必ずしもないと思いますが、受ける可能性のある学校は全て、少なくとも親が主体的に関心を持って、通った時のメリットを子にしっかり伝えておいた方がおいた方が吉ではと思います。親自身が関心が無い・ほとんど話題にださない・「万一の押さえ校ね」などと軽んじていた学校に、青春時代の6年をかけて誰が行きたいと思うでしょうか。こみるなら通うモチベーションの「モ」の字も見いだせません。
こみる家では、公立の選択はナシ。志望校を複数とし「どれも良いね!どれも行きたいね!」…と家族で熱狂することで、豆腐メンタルな三菜が「合否で何が起きても精神状態としていい塩梅」を保つようにしました。三菜的受験戦略としては正しい選択だったと思っています。
が、これも一例!単なる一例!専門家でもないマザーの一意見!
専門家だって家庭の細かい事情まで1から100まで知る由もないのですから、迷ったら家族でとことん話し合って自分たちにとっての最適解を見つければいい。家族といっても感性や意見はそれぞれ違いますから、互いが互いの意見について理解し納得するには結構時間がかかります。
あれ?会議で意見すると時間がかかってしょうがないって言ってる人が最近いましたね。でも、時間がかかったって、いいんです。大事なことですから。
まだまだ時間はありますよ。大事な志望校選び。じっくり、じっくり、参りましょう。
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