【中堅校の中学受験】模試で「偏差値」が下がった…見るのはそこじゃないよ、という話

中学受験よもやま話

※何故か結論のくだりが抜けていた+タイトルを更新しました(8/31)
※思うところがあり、かなり、リライトしました。(9/26)

ご覧いただきありがとうございます。

昨日のエントリーに続きまして模試のお話です。

組分けテストや週テストを受けると「偏差値」が出てきます。
また、5年の後半~6年になり、合不合判定テストや首都圏模試(統一合判)などの模試を受けると、「合格可能性」なんてものも出てきます。

 

親はだいたいこれに一喜一憂しませんか?

 

「勉強頑張ったのにこの前よりも偏差値が5も下がったわ~」
「もう少しで〇〇学校の偏差値に届きそう♪」

…とかですね。

 

素点や偏差値のポイントが下がった時は、なんなら子より母親の方が落ち込んだりして。ついでに怒ったりして。三菜が4年の最初の頃は、こみるも三菜のとってきた素点と偏差値で血圧が急上昇したような記憶がございます。

こみる心の声
こみる心の声

更年期もあいまって、急に涙がでてきたりね

…ということで、2回に分けて、テストの結果で見るべきところについて、中堅校の中学受験を終えた三菜のことを振り返りつつ、まとめてまいります。

 

1回目の本日は、「テスト結果で見るべきところは偏差値や素点じゃないよ」ということについて。

 

こみる 心の声
こみる 心の声

魂が抜けそうなほど悪い偏差値を目の前にしても、仏のような安らかな心でいましょう!…なんていうストイックな精神論ではありませんから、ご安心を!

三菜劇場~ある組分けテスト~

こんなケースを考えてみたいと思います。

~三菜の受けたある組分けテスト~

算数テスト範囲のテキストに載っていた問題は、A、B、C、D、Eの5つありました。
※こんなに少ないわけないですが説明上そうします

我が子は

・Aのような問題は、スラスラ~と解ける。
・Bのような問題は、スラスラ~と解ける。
・Cのような問題は、えっと、と思い出しながら解ける。
・Dのような問題は、教えてもらってふーん、なるほどね、という感じ。
・Eのような問題は、教えてもらってもイミフだった

という状態で、模試を受けました。

子の結果は、A=〇、B=×、C=×、D=×、E=×

全体的にバツだらけで、偏差値は10ポイントもダダ下がりででした。

 

さて、ここで母は、どうする?

 

こみる心の声
こみる心の声

「どうしてこんなに下がったの!?」とイライラする。

もしくは

「こんなにできなくて」と落ち込んで泣く

 

ブッブ―。

 

前よりポイントが上がったか下がったかは、数字の大小が分かる小学1年生だってわかっちゃう。
ということは、大人の母がこれだけ見て一喜一憂したりするのは愚の骨頂!

 

中堅校を目指す塾なし中学受験生の母が見るべきところはそこではないはず。

テスト前の理解度が示すもの

子の出来なさ度合いに頭が怒りでいっぱいになる前に、ここで得点で来ていた問題と、得点できなかった問題をじっくりみてみますよ。

得点できていた問題、得点できなかった問題は、子にとってどんな問題だったでしょうか?

例えばこんな感じだったとします。

・A=〇 テスト前の時点で、スラスラ~と解ける問題類だった
・B=×  テスト前の時点で、スラスラ~と解ける問題類だった。
・C=×  テスト前の時点で、えっと~、と思い出しながら解ける問題類だった。
・D=×  テスト前の時点で、教えてもらい、ふーんなるほど、という感じの問題類だった
・E=×  テスト前の時点で、教えてもらってもイミフの問題類だった
こみる心の声
こみる心の声

おい。
B、C、Dはテストの前に理解できてたんじゃないの?

なんで得点できないのさ

 

三菜のことを振り返りますと、残念ながら飲み込み悪目さんの場合、

・「えっとと思い出しながらできる」
・「教えてもらって、ふーんなるほど」

…のレベルは「得点可能」の部類には入りません。

 

こみる心の声
こみる心の声

なんてこった!

 

これ、御三家を目指すような優秀なお子様でしたら、「ふーん、なるほどね」レベルでも、解き方が瞬時に自分のものになるでしょうから、本番のテストで得点もできましょう。

 

ところがです。

三菜のような飲み込み悪目さんの場合、「ふーんなるほどね」レベルで本番の問題にとりかかっても、「あー、見たことあるな、どうやるんだっけ?」となり鉛筆は走らず、得点はできない。できたとしても、まぐれに近かった…というのが、三菜の勉強を見てのこみるの所感。

 

つまり、三菜のような飲み込み悪目さんが得点するためには、

・体が覚えていて、サラリと解ける
・他人に「どうしてこういう式になるのか」を説明できる

…こんな状態まで昇華する必要があった、そのように思います。

 

こみる心の声
こみる心の声

飲み込み悪目さんを子に持つと、何かと大変だな

テストの偏差値や素点で判断してはいけない

では、ケーススタディで、三菜が得点できているべき問題はどれでしょう?

 

このケースでいうと、A、Bは得点できないといけない問題です。
よって、Bを落としたことはお咎めです。

ですが、C、D、Eは落として当たり前の問題です。
だってテスト前に「得点可能な状態になかった」のですから、得点できるわけがありません。

今回のケースでは、何時間勉強して頑張ってたとしても「もともとA、Bしか点数の取りようのないテスト」だった。子には頑張っても50点満点のテストなのに、80点満点のテストの子との相対評価となっている偏差値をみて「偏差値が下がった」「素点が下がった」と嘆いても仕方ないと思うのですよ。だから、テストの偏差値や素点で判断してはいけない。

 

そうなると、評価の方法は違ってきますよね。
仮にこのケースで「A、Bともに正解できた」場合は、偏差値がどんなにダダ下がりだったとしても

×「 あんなに頑張ったのに偏差値が下がったよ」
〇 「テスト前に完璧だった問題は、ちゃんととれてるね」

になりましょう。

こみる 心の声
こみる 心の声

子だって「テスト前に完璧だった問題は、ちゃんととれてるね」の方がウレシイに決まってる

 

親の精神状態もそちらのほうがよろしいにきまってます。

 

ちなみに、先にも書きました通り、どうしてそうなるのかの考え方を説明できるはずのBを間違えたのはお咎めです。
どこでどう間違えたのか、計算ミスなのか、写し間違えなのか、今後はそうならないよう対策はすべきです。

正答率と子の出来具合を比べて嘆いてはいけない

ちなみに正答率を見るとこんな感じだったとします。

・A 8割
・B 6割
・C 5割
・D 4割
・E 3割

 

「ねぇ、Cって半分の人が出来てるってなってる問題じゃん。あんなに勉強したのに、なんでみんなが出来てるのに落とすのよっ」…と泣きたいところですが、これも上記の考えに基づけば、そもそも泣く必要のない話です。

これまでの話と同様、三菜にとってのCは「えっと~…と思い出しながら解けるレベル」で、人に説明できる=スラスラできる状態まで昇華してないですから。

 

「〇〇中に行くには偏差値がXXは必要で、そのためには正答率40%以上の問題であるDはできてないとダメじゃない」…なんて責められても、子の方が困ります。

その時点で「ふーん、なるほどね」レベルですから、解けるわけがありません。

Bが出来ないのはお咎めですが、「6割の人が出来てるのにお前はできない」というお咎めではなく、「できるはずだった問題を落とした」ことがお咎めです。

 

…ということで、正答率と子の出来具合を照らし合わせて嘆くのも無用です。

偏差値は立ち位置を見るツールにすぎない

とはいえ、です。

テスト前にできていたA、Bの問題だけできてれば、未来永劫大丈夫、というわけではありません。
入試は他人との争いですから、他はできていて自分ができないのは、やはりマズい。
相対的な見方もやはり必要です。
立ち位置が分からなければどこに受かりそうなのかのメドもたてられませんからね、全く無視することはできません。

 

こみる心の声
こみる心の声

今度は相対的な見方も必要だとかいっちゃって…なんだか矛盾してないかい?

 

矛盾はしてないつもりです…。

親のココロの持ちよう+子への評価は、どれだけの時間勉強したかとか、偏差値でみるのではなく「テスト前にできていたことがちゃんと点となってるか」をみればよい。
偏差値は自身のテストまでの努力や成果をはかるものではないので、上下で親が青くなったり熱くなったりするために使うのはナンセンス。
偏差値は、ははーん、今はこの位置にいるのね、という「相対的立ち位置を単純に知っておく」だけに使えばいいのです。

で、「サラリと解ける問題」が多ければ多いほど素点が上がり、結果として相対的な立ち位置である偏差値も上がることは事実でしょうから、目標の偏差値にとどかなければ、「えっとねー…問題」と「教えられてなるほどね問題」を「サラリと解ける問題」側に増やしていけばいい。少しずつ。

 

前転しかできない子が、いきなり後方宙返り三回ひねりはできませんので、少しずつ、少しずつです。

 

三菜の場合は、テスト前にスラスラまで昇華できなかった「えっとねー問題」や「教えられてなるほどね」問題で、おおよそ半分の子ができていた問題(※)についてピックアップ。

(※) 三菜は中堅校狙いの中学受験でしたので
・最終的には4割~5割以上の子が出来ていた問題
・親が赤本を見た感触で、できていたほうが良いと判断した問題

 

時間がある時は週末、時間がない時は春休みや冬休み、夏休みなどの長期休暇を利用し、少しでも多くの問題を「スラリと解ける問題」に昇華すべく、すこーしずつ、すこーしずつ問題を増やしていきました。

こみる 心の声
こみる 心の声

難関を目指す場合は、この「すこーしずつ」の量が増えるんでしょうな。

絶対評価と相対評価をうまく使い分けよう

大人だって、仕事で今月何万円受注できたのかという成果ばかり評価され、日頃の努力で今後につながるクライアントを少しずつ開拓できたことを全く評価されなかったら「なんだよ」と思うでしょう。

 

多分、子供だって同じです。
少しの歩みでも認められたらうれしいはず。

 

特に、三菜のような飲み込みの悪い子は歩みがのろく、偏差値という成果になかなかたどり着かないことも多い気がいたします。「この問題は練習でスラスラできるようになって、今回は得点できたよ」という日々の努力、少しずつ前へ進んでいるという事実を見てあげないと、飲み込み悪目の子については気の毒だとこみるは思います。

 

偏差値という数字自体は相対的に見た立ち位置を見るためのツールにすぎないので、テスト直前にしていた子の努力や子の成果をはかるものではありません。なので、偏差値の数字が上がった下がったのみで「なにやってるの」と子を咎め、親が落ち込んだり、ヒステリーを起こし、血圧を上げたり下げたりする必要はないと思うのです。

親のココロの持ちよう+子への評価としては、「テスト前にできていたことがちゃんと点となってるか」、ここを見てあげれば十分です。

 

こみる 心の声
こみる 心の声

ゆうてもね。

衝撃の数字がぱっと目に入ったらドキーンとしますがな

それは仕方ないですよね。人間だもの。

 

ただ、見るべきポイントを変えて、親自身が絶対評価と相対評価をうまく使い分ければ、無用な怒りのエネルギーを使うことは極力少なくて済みますし、子もハッピー。

結果として、テスト後の親子のギクシャクも減りましょう。
…と三菜の受験を通してこみるはそう思いました。

 

次回は模試の合格可能性で嘆いてはいけない話について書きたいと思います。

 

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